EIN SCHONER FREMDER <美男子の異邦人>

著者    ダグマル フェデルケ  (ドイツ人)

素晴らしい歯並びのアフリカ人がドイツで、落ち込んでいた時、
歯医者さんと出会い、三角関係が生まれます。しかし、人間の
本当の望みを考えさせる
天使のタマゴ (ANGEL BABY)のおかげで、このストーリーがとてもハッピーエンドになります。

   2001 夏 ドイツ初版。

いつも配達しているタマゴ(Angel baby 天使のタマゴ)
の話を, 私の知りあいでフランスにいる
クリスティーヌさんから聴いた、
小説家ダグマルさんは、「、、、、、、素敵!!」
 
小説が1つできあがってしまいました。         

ダグマルさんから本と一緒に
私に届いた手紙

訳)スイス在住、美人旅人の 鬼形さん。

NEW 鬼形さんから新たに3ページ分の訳が届きました! 鬼形さんありがとう!!
2002.2.10日更新         鬼形さん再び旅行中、またかえってきたら訳してくれるそうです。

<美男子の異邦人>

 ムスタファは不法に入国し、この町にやって来た。うまくいった。
大金を、親戚と友だちのあり金をすべて使い果たした。たくさんの別れの痛み。
金のほかに、希望も与えてくれた。旅立たせてくれた。そして、遠い異国から、
金と富とを家に送るように彼に託した。なのに、旅の途中で彼は災難に遭った。
彼の友だちの悪い仲間が彼の持ち物を全部奪い取ったのだ。まるで深い沼地に
一歩一歩はまっていくようだった。そこから出るために彼は一歩ずつ足を引き上
げなければならなかったが、そうすることによってさらに深くはまり込んでいく
のだった。もし、十分な筋力がなかったら、この異国とこの町にたどり着く前に
死んでいただろう。彼にとってこの新天地は、いつもこの町と、一枚の紙切れに
書かれたある住所からなりたっていた。彼の心臓や目玉がそうであるように、そ
の紙切れは、すべての脅威に際しても彼のそばにとどまっていた。けがをした動
物のように、彼はようやくその家に這い込んだ。けれどもその住所は留守だっ
た。ドアには鍵がかかっていた。彼は漂着した人間のように階段の上で眠った。
黒人の女が彼の前に現れた。彼はその女のついていった。まるで、自分の星を去
る者のように。でも、信頼の気持ちからではなく、そこしか行くところがなかった
からだった。彼女は彼をあるアパートの一室に連れていった。彼に温かいスープを
飲ませた。彼に毛布を掛けた。そして、彼を乱暴に起こした。「出ていけ。すぐ
出ていけ。」彼には彼女の言葉は理解できなかったが、彼女の意味するところ
ははっきりわかった。彼は例の紙切れを見せた。彼女は首を振り、肩をすくめた。
そして戸口に彼を押しやった。外へ。一歩一歩、沼地に入っていく。どうして彼は
これに慣れることができないんだろう。どうして、彼の魂は体より痛むんだ。スー
プを飲ませてもらったから? よろけながら通りに出た。 彼は目的地に着いた。
でも、その目的地は目的地ではなかった。彼は自分がどこにいるのか知らない。
この世界は人間でいっぱいだ。みんなどこかへ行く。一日に百回も出かけて、一日に
百回も行きたい場所にちゃんと着く。おれは一回だけたどり着いたのに、おれの行き
たかった場所は存在しなかった。つまり、おれはどこにもたどり着かなかったんだ。
ああ、どこでもないところからどこかへ行くのは、なんて大変なんだ。

p6.l3-p7.l5
 ムスタファのひげは伸び放題になっていた。一時しのぎに町の共同水場で顔を
洗った。腹を空かして近くの公園にたどり着いた。ベンチの上で疲れ切った体を休
めた。何をしたいかを知っていて幸せそうに見える、彼の周りの人々の満たされた
生活以外は、彼には何も見えず、何も聞こえなかった。
 木陰のベンチの上で眠りたかったが、一人の老婆がそこに腰掛けてきて、彼が脚を
伸ばすのを邪魔した。彼女は続けざまに話しかけた。彼女は、彼が子供、孫、離婚、
施設、痛み、薬といった言葉以外は全く理解していないことを無視した。静かにして
くれ。彼は思った。黙れ、どっか行け、婆さんが行かないんなら暴力を加えてやる。
しかし老婆は落ち着きはらってカバンから編み物を取り出した。毛糸玉と一緒に財布
が滑り落ちた。毛糸玉は砂の上に落ちた。彼女は難儀そうに静脈瘤のある足の上に身
をかがめた。財布はムスタファの脇にある。財布はそこにあるんだ。老婆が編み物を
続けるすきに、彼は慎重に財布を拾い上げた。老婆は気づいていない。気づいていた
ら殺さなくてはならなかったろう。
 財布には何か食べるのに十分な金が入っていた。彼はあまり遠くまで行かないとこ
ろで、ステーキを注文した。温かい肉。彼はそれをガツガツ食べた。
そのとき、ムスタファが血の滴るステーキを貪欲に食べているのを見ていた男が声を
かけてきた。「写真を撮ってもいいですか。いい歯をしてらっしゃるので。」
 ムスタファにはこの褒め言葉がわからなかった。心理学的な訓練を受けていない
ので、彼は分析も解釈もできず、ただ、感じるだけだった。一瞬にして二つの衝撃
が走った。血が筋肉に新しい力を運んだ。つま先から眉毛まで震えた。脳に光がちか
ちか差して、突然の電流が、世界の目に見える部分に対する彼のまなざしを切り
刻んだ。おれから何を欲しいんだ。こいつが欲しがるなんてばかげてる。
また新しい沼だ。おれの歯。おれはもう歯ほどの価値もないのか。食ったら思い出し
たぞ、おれは大きくって、美しいんだ。おれは耐え抜いたんだから、誰もおれを笑い
ものにはできないんだ。

p7.l6-p8.l7
 彼は立ち上がり、殴る構えをした。この男を殺したかった。嘲笑から身を守るため
に・・・。このとても我慢のならない男と、レストランで彼の周りに座っている、仕
事を見つけるのに何の心配もないすべての人間に、彼が歯以上のものであることを見
せたかった。しかし、その男はうまくよけた。ムスタファの拳は宙に舞った。
 「どうか」一瞬の驚愕の後、この男は言った。そして、ムスタファの目をじっと見
つめた。「どうか、自己紹介させてください。私はルッツと申しまして歯医者をして
います。私は素晴らしい歯につい魅せられてしまいまして。あなたの歯があんまり素
晴らしいので。」
 ムスタファは口を開けた。血の滴るステーキのカスがまだ歯にはさまっていた。の
どに言葉が引っかかって出てこない。彼の瞳孔は信頼すべき定点を探してめまぐるし
くくるくる動いた。しかし、そんな点は見つからない。彼は支えを失ってよろけた。
どちらかというとがっしりした彼の体は、後ろ向きに大きな木製の椅子の上に倒れ
た。その椅子は彼の重みで壊れた。
 歯医者は彼の上に屈み込んだ。職業からくる習慣で、彼は失神しているムスタファ
の唇の間に指を挟み込んだ。そして、左の瞼を押し上げた。
 ウェイターが急いでやって来た。「何でもないんですよ。ただ失神しただけです。
私は医者でして。すみませんがお勘定をお願いします。それからタクシーを呼んでく
ださい。」と、ドクター・ルッツはしっかりした調子で言った。ウェイターは静かに
立ち去った。彼が勘定書を計算している間に、気絶していたムスタファは気がつい
た。しかし、頭は朦朧としている。助け起こされるままになり、前方を見つめ、誰か
が彼のステーキ代を払い、タクシーに乗せたことにも気づかなかった。
 ずいぶん後になって彼は意識を取り戻した。そこは奇妙な光景が広がっていた。彼
は公園のベンチで寝ているのではなく、心地よい、肘掛けのついている椅子に寝てい
た。その椅子には足台までついていた。彼の上に見知らぬ男の顔が現れた。その男は
口を動かした。口が声を出した。その声はまるで小さな女の子たちがボールを追って
校庭を駆け回るように、品よく、お互いにあちらこちらへさまよった。みんなが一度
そのボールにさわろう、蹴ろうとする。同時に、何も意味ないことは単純に愉快なの
で、大笑いする。

p8.l8-p9.l6
 この大柄の、幾分まだ朦朧としていたがっしりした男は、これらの小さくて上品な
ボールけりが何を言っているのか、理解しようとした。難儀して耳を澄ませて、それ
らの声を言葉にまとめた。いくつかの言葉が文を構成している。でも意味を理解しな
いと完全な文の意味は分からない。意味は記憶から作られる。彼は何も思い出せな
い。どうやってここに来たのか、どこの部屋にいるのか。以前、ここに来たことがな
いことは確かだ。彼の手足、神経、そして筋肉だけがそれを知っている。彼の体の中
にはステーキが血管に残した熱が巡っていた。もし、彼の具合がよくなったのなら、
どこにいようがどうでもいいじゃないか。もしかしたら、おれは死んで、ここは天国
なのかもしれない。
 長い「あーあ」という声とともに、銀の前掛けの巻かれたのどから彼は固まりを吐
き出した。その前掛けは、ゴム手袋と布巾でもって、歯医者がまさにこのために、彼
の顎の下に用意しておいたのだ。「これで楽になったでしょう。」歯医者はそう言っ
て、まだ半分よく見えないムスタファの目に励ますようにほほえんだ。ムスタファは
障害物を吐き出した。
 わざと、ドクター・ルッツは彼に背を向け、ムスタファの前掛けを台の上に置い
た。彼はわざとそうしたのだ。彼は、再び意識を取り戻したこのがっしりした男に襲
いかかれる機会を与えたのだ。十秒待ったが、何の攻撃も感じないので、彼はこの男
が天からの贈り物だと悟った。ムスタファの筋肉、口、歯は彼の役に立つだろう。褒
美として、彼はこの奇跡のように発見された男に注射をした。
 ・・ゆっくり休むといい。覚醒と昏睡の間でゆっくり休むんだ。ここにランプを置
いておこう。君の瞼が閉じたら、私の大きな丸いライトを点けるよ。専門的に両脇か
ら君の口を開いて器具で固定して、素晴らしい歯をできるだけ開くんだ。私のカメラ
が口の中から、様々な角度で撮影できるように。ああ、このときを生涯長く夢見てき
たよ。夢が叶う! こんなことが実現するなんて! 私は世界で一番の幸せ者だ。

p9.l7-p10.l3
 彼は写真を撮った。これらの写真は口腔内調査の医学史に受け入れられるだろう。
それについて、彼は確信していた。歯根の組織は美しくそろっている、膿瘍もない、
何のダメージもないこんな歯は、レントゲンなんかには撮らないぞ。全く健康な歯
だ。暗い部屋で彼は喜びをほとんど押さえきれなかった。新しいフィルムはどこだ?
 もっと詳細を撮りたい。今、何時だ? 麻酔はあとどのくらい効いてるんだ? そ
うだ、もう一本麻酔を打とう。さあ、撮影だ。完璧な写真を撮らなくては。
 長い夜が明け、夢中になっていたドクター・ルッツも朝日が差しているのに気づい
た。彼は素晴らしい業績を上げた。すべてをやった。彼の素晴らしい歯の持ち主に
は、できるだけ早く目覚めてもらわないといけない。助手や患者が来る頃までには椅
子に腰掛けさせなくてはならない。しかし、口を開けたままのこのがっしりした大柄
の男は自力で起きあがれない。どこかに消えてくれればいいのに。
 麻酔の量が多すぎたか。さて、どうしよう。
 ドクター・ルッツはもう一度彼の状況を思い浮かべた。
 助手のヘレン・クレマーはスタイルがいい。彼女の褐色の足は健康サンダルを履い
ていてもセクシーに見える。彼女の丸みを帯びた肘はなんとなく少女のようだ。ヘレ
ンは二重代半ばだが、なんというか娘らしさがある。ドクター・ルッツは一人でほほ
えんだ。
 彼女はいつも石膏をかき混ぜるとき、大量に作りすぎる。彼女には目測能力がな
い。しかし、親しみのある少し上を向いた鼻、陽気な目をしている。ドクターの鉄灰
色のまなざしに比べたら、それは患者にいい印象を与える。中でも彼女の歯は宣伝効
果抜群である。彼は彼女の歯を治したのだ。いや、まあ! まったく、直す必要が
あった。彼女の歯並びはメチャクチャだった。彼は輝かしい成果でもって、自分の技
術を証明することができた。しかし、メチャクチャだったのは歯並びだけではないが
・・・。

つづく


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